研究内容

宇宙インフレーション

宇宙のインフレーションとは宇宙開闢から10-36秒後から10-34秒の間に起こったとされる指数関数的な空間膨張のことです。宇宙初期の爆発的な膨張であるビッグバンよりも以前に起こり、より急激な膨張現象であったと考えられています。
インフレーション理論は、ビッグバン理論では説明できない宇宙の一様性や平坦性など、現代宇宙論の諸問題を解決する有力な理論です。しかしながら、まだ観測によってその存在が証明されたわけではありません。

理論によると”アメーバが一瞬で銀河のサイズに”と表現されるほどの急激な膨張の結果として、重力波が発生したとされています。これを原始重力波と呼びます。
もしこの原始重力波を直接観測することができれば、我々はインフレーション理論の正しさを証明できたと言えます。しかし、原始重力波は非常に微弱なため、直接観測は困難です。
そのため宇宙物理学者は、「間接的に」原始重力波を検出することを目指しています。インフレーション理論では宇宙マイクロ波背景放射(CMB)という宇宙全天からやってくる電磁波には、原始重力波により刻まれたBモード偏光と呼ばれる特殊な偏光パターンが刻まれているとされています。

Bモード偏光を見つけ出しインフレーション理論の検証を行なうことで、宇宙の始まりを解き明かすことが我々石野研究室の目標です。

インフレーション起源の原始重力波がCMBにBモードを刻印する様子を示す概念図

宇宙マイクロ波背景放射

宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background : CMB)は宇宙のあらゆる方向から飛来しているマイクロ波・ミリ波帯域の電磁波のことです。宇宙全天で一様な強度で観測でき、そのスペクトルが黒体放射に非常に良く一致するという特徴があります。これらの特徴は、宇宙は過去に高温高密度の火の玉状態であり、空間の膨張と共に徐々に冷えて現在の姿となったというビッグバン理論の強力な証拠となりました。

CMBは電磁波が初めて直進できるようになった時期の電磁波であることから、“宇宙最古の光”とも呼ばれ、多くの情報を含んだ現代宇宙論の非常に重要な観測対象です。近年ではPlanck衛星による高精度なCMBの観測結果から、我々の住む宇宙の年齢が138億年であることがわかりました。

また前述の通り、CMBにはBモード偏光という形で宇宙のインフレーションにより生じた原始重力波の影響も刻まれていると考えられています。しかし、Bモード偏光はCMBの温度揺らぎやEモードと呼ばれる他の偏光成分と比べると微弱であるため、観測のためには偏光に対して従来より100倍高い感度を達成しなければなりません。現在世界中で、より高精度な実験装置や解析手法の開発、それらを駆使したCMB観測プロジェクトが進行しており、我々石野研究室も後述するLiteBIRDグループの一員として日々研究を行なっています。

Planck衛星によって測定されたCMBの強度全天マップ (リンク)

LiteBIRD

LiteBIRDはJAXA主導の宇宙望遠鏡計画で、34-448 GHzのマイクロ波・ミリ波帯域で3年間宇宙全天のCMBを隈なく観測します。特にCMBの偏光観測に特化して設計されており、CMBのBモード観測を目的とした世界初・世界最高感度の宇宙望遠鏡として2032年度に打ち上げが予定されています。LiteBIRDの観測からCMBのBモード偏光の強度が明らかになれば、Bモードの起源である原始重力波の強度(テンソル・スカラー比 r)を推定することができ、我々の宇宙を形作ったインフレーション模型を特定することが可能となります。

系統誤差

世界中の大学および研究機関が共同で推し進めているLiteBIRD計画の中で、我々石野研究室は“系統誤差解析”に責任を持っています。系統誤差とは、測定装置に起源を持つ誤差であり、物差しで例えると目盛りそのもののズレのようなものです。測定回数や測定時間を増やせば小さくなっていくような統計誤差とは異なり、丁寧に長い時間をかけて測定しても系統誤差は本質的に無くなりません。ただし、何らかの方法で目盛りのズレに気づき、ズレの大きさを知ることができればその影響を小さくしたり、無くすことが可能になる場合があります。

LiteBIRDにおいても、検出器の利得や観測方向の不定性など様々な系統誤差とその要因が考えられており、我々は系統誤差の数理モデルを構築し、シミュレーションによる数値計算で特定の系統誤差がBモード偏光観測に与える影響を見積もり、観測機器への要求精度を算出しています。また、高度な数学的手法を用いて真の信号と系統誤差を分離し、CMB偏光観測を高精度化する新たなデータ解析手法の開発にも取り組んでいます。

GPU

系統誤差のシミュレーションにおいて我々はGPU(Graphics Processing Unit)も活用します。CMBのデータ解析には、膨大な量の計算が必要とされ、高速かつ効率的な処理が求められます。GPUはその高い並列処理能力により、一度に多くの計算を同時に実行できるため、大規模で複雑な計算を劇的に効率化し、従来のCPUでは非常に時間がかかる計算を迅速に実行することができます。これにより、解析時間が大幅に短縮され、より効率的にCMBのデータ解析が可能になります。

前景放射

宇宙にはCMBに限らず、様々な起源を持つマイクロ波が存在しています。これらはCMBが背景であるのに対し、前方に存在することから“前景放射”と呼ばれます。CMBを観測する際には前景放射が混じって観測されるため、この前景放射を分離または除去する必要があります。前景放射の強度はCMBに対して非常に強いため、CMBのみを観測するためには前景放射を高精度で分離・除去する手法が必要です。分離・除去手法は多岐に渡りますが、基本的にはCMBと前景放射が異なる性質を持つことを利用します。宇宙のインフレーションを検証するためには、CMBの偏光を高精度で測定することが求められます。このため、我々はCMBと前景放射を高精度で分離・除去することを目指して研究を行っています。

太陽ニュートリノ

太陽は、中心部で水素がヘリウムに核融合することによって光を放出しています。この核融合過程は、2つの陽子が衝突し、重陽子、陽電子、電子ニュートリノ(pp反応)を生成することで始まります。この反応で生成されるニュートリノはppニュートリノとして知られています。ppニュートリノを測定することで、電磁波では観測できない太陽内部の状態について貴重な情報を得ることができます。さらに、暗黒物質を含む新しい物理学に関する手がかりが得られる可能性もあります。1976年、Raghavanは115In(インジウム)をターゲットとして使用することを提案しました[PRL 37, 259, 1976]。これにより、遅延コインシデンスによるガンマ線の脱励起が背景事象を大幅に減少させることができます。我々は、インジウムを含む標的と超伝導検出器を組み合わせた新規な検出器システムを開発し、従来とは異なる手法で太陽ニュートリノ観測を目指しています。

超伝導検出器MKID

ニュートリノ観測には超伝導検出器の一種であるMKID(Microwave Kinetic Inductance Detector)を使用します。超伝導体内部ではクーパー対と呼ばれる2つの電子の対が形成されています。このクーパー対こそが超伝導の起源であり、結合エネルギーが弱いため微弱なエネルギーでも破壊されます。このクーパー対の数密度の変化を読み取ることで超伝導検出器は高感度なエネルギーの観測を実現します。MKIDとは超伝導薄膜で微小なLC共振器を形成し、マイクロ波信号を読み取る超伝導検出器です。

外来エネルギーが共振器に入射し、クーパー対が壊れることで共振周波数が変化し、その変化を読み取ることでエネルギーを検出します。ニュートリノは相互作用を起こしにくい素粒子であるため、検出には大きな標的が必要となります。この大きな標的の至る所に検出器を配置し、それらを常に観測する必要があります。

作製した超伝導検出器MKID