電波を用いたダークマター探索実験: DOSUE-RR

安達俊介准教授がプロジェクトリーダーとして、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)観測と並行して進めているのが、電波を用いたダークマター探索実験「DOSUE-RR(どすえ・ダブルアール)」です。CMB 観測で培ってきた、特にミリ波(周波数10〜300 GHz)に関する技術と経験を活かし、宇宙を満たす謎の物質・ダークマターの正体に迫ることを目指しています。

宇宙の謎、ダークマター

わたしたちが知っている星やガスは、実は宇宙全体のたった5%に過ぎません。全体の約4分の1を占め、宇宙に満ちているのが、この「ダークマター」です。

ダークマターは、日本語では暗黒物質と言い、宇宙に満たす謎に満ちた物質です。普通の星などは光を放って観測できるのに対して、ダークマターは光を放ちません。また、他の物質とぶつかったり、光を出したりすることがほぼないと言われています。まるで「幽霊」のような、謎に満ちた物質です。

一方で、宇宙のエネルギーのおよそ1/4をもダークマターが担っているということが、CMB の観測結果から推定されています。つまり、ダークマターの正体こそが、宇宙がどのように生まれ、どのように今の姿になったのかという「宇宙進化の鍵」を握っています。我々は、この宇宙最大の謎に挑み、ダークマターの正体の解明を目指しています。

宇宙でダークマターが占めるエネルギーの割合。普通の我々や星といった物質の5倍も多く存在している。実はダークエネルギーはもっと多いがより謎が多い。

ダークマターはどこに?

ダークマターは、星やガスと同じく質量を持っています。質量があれば、必ず重力が働きます。わたしたちは、この重力の効果を宇宙で観測することで、ダークマターの存在を知ることができます。

実際、ダークマターは銀河の周りに、目に見える物質よりもはるかに高密度に集まって存在していることがわかっています。もちろん、わたしたちや地球が属する天の川銀河にも、大量のダークマターが存在し、今この瞬間も地球を素通りしていると考えられています。

ダークマターは、光を放たず、他の物質とほとんど反応しないため、検出が非常に困難です。しかし、ごくごく稀に、わずかに反応するかもしれません。そこで、世界中の科学者は、私たち自身の身の回りにいるはずのダークマターとのわずかな反応を捉えて(=検出して)、その正体(どんな粒子なのか)を暴こうと、盛んに研究に取り組んでいます。

ダークマターの正体は?

ダークマターと一口に言っても、その正体となる候補は非常に多様であり、その「重さ(質量)」の幅はとてつもなく広いです。

  • 極めて軽い候補: 10−22 eV(電子ボルト1)といった超軽量なもの。
  • 極めて重い候補: 太陽の質量2よりも大きい超重量なもの。原始ブラックホールなどがその候補と言われている。

この「質量の大きさ」は、そのダークマターがどのような性質を持ち、どんな反応をする可能性があるのかを決める大きな指針となります。

従来の研究では、おおよそ 109 eV オーダーの、比較的重い領域のダークマター候補が主として探されてきました。この候補は、WIMP (Weakly Interacting Massive Particle)と呼ばれ、長らく有力視されてきました。WIMPを検出しようとする研究が世界中で盛んに行われてきましたが、残念ながら、いまだに確固たる検出の確証を得られていません。

そこで、研究は次の段階へ進んでいます。近年では、WIMP以外の新しい質量スケールでの多様な実験が精力的に行われています。

  1. 物理の分野で使われるエネルギーの単位です。質量のわかっている最も軽い粒子が電子で、それでも5×103 eV あります(厳密には eV/c2 が質量の単位)。 ↩︎
  2. 太陽質量は2×1030 kg = 1×1066 eV ↩︎

ミリ波で探す超軽量ダークマター

我々は CMB 実験で培ってきた電波技術を活かして、特に超軽量なダークマター候補粒子の探索に取り組んでいます。CMB で利用する電波は、特にミリ波(波長が 1 mm 程度の電磁波)と言われ、周波数にしておよそ 10~300 GHz(ギガヘルツ、109 Hz: 1秒間に10億回振動する電磁波) にあたります。身近な例としては、WiFi で 2.4 GHz や 5 GHz といった電磁波が使われており、ミリ波はそれと同程度の周波数の電磁波になります。

ミリ波のエネルギー

電磁波の周波数 \(\nu\) の大きさは、その電磁波が持つエネルギー \(E\) の大きさに対応し、

\(E = h\nu\)

という関係があります(\(h\) はプランク定数と呼ばれる決まった値)。すなわち、高い周波数ほど大きなエネルギーを持ちます。ミリ波は一見高い周波数に見えますが、そのエネルギーは 10-4 eV 程度しかなく、比較的エネルギーの小さい電磁波になります。

電磁波(光)の種類とエネルギーの大きさについて詳しく…

わたしたちが目で見ることのできる光、可視光はもっと高いエネルギーであり、1014 Hz もあります。さらに周波数が高い光になると、X線やガンマ線と呼ばれます。エネルギーもさらに高くなります。X線やガンマ線のような光はエネルギーが高いために、物質にあたったときに与える影響も大きく、放射線の一種として扱われます。エネルギーの単位 eV に直すと、ざっくり可視光で 1 eV オーダー、 X線で 103 eVオーダー、ガンマ線で 106 eV オーダーになります。

電磁波の種類周波数エネルギー特徴
ミリ波(CMB)1010 Hz オーダー10−4 eV オーダー非常に小さいエネルギー
可視光1014 Hz オーダー1 eV オーダー目で見える電磁波
\(X\)線1017 Hz オーダー103 eV オーダー放射線、物質への影響大
ガンマ線1020 Hz オーダー106 eV オーダー同上

一方で、ミリ波といった電波は以上のような周波数の高い電磁波に比べれば、非常に低い周波数です。エネルギーに直すと、10-4 eV オーダーになります。

超軽量なダークマター候補粒子: ダークフォトン、アクシオン

従来盛んに探されてきた比較的重いダークマター候補粒子( WIMP)とは異なり、超軽量なダークマター候補粒子として、「ダークフォトン」「アクシオン」といった、まだ見つかっていない未知の粒子が理論的に予言されています。

これらには、次のような共通の性質があり、検出の鍵となります。

  1. 電磁波との反応: どちらの粒子も、ごく稀に電磁波(光)と反応するとされています。
  2. 金属表面での転換: 特に、金属の表面のような境界面で、微弱な電磁波へと「転換」すると予言されています。
    • *アクシオンの場合は、転換のために金属表面に強い磁場をかける必要がある。

この転換の現象において、物理学の大原則であるエネルギーの保存が成り立ちます。つまり、「ダークマター粒子が持つエネルギー」と「生じる電磁波のエネルギー」が同じになります。アインシュタインの有名な式である、

\(E = mc^2\)

が示すように(\(c\) は光の速さで定数)、エネルギー \(E\) と質量 \(m\) は等価です。超軽量ダークマターの質量(例えば10-4 eV)は、我々が CMB 観測で利用しているミリ波のエネルギーにまさに一致するのです。


金属板でダークマターが転換する時に生じる、非常に微弱なミリ波をミリ波受信機で捉え、ダークマターの検出を目指す実験プロジェクトが、「DOSUE-RR(どすえ・ダブルアール)」です。この名称は、Dark-photon dark-matter Observing System for Un-Explored Radio-Range の略です。今まで、複数の受信機を開発し、それぞれの周波数帯域に相当する質量範囲でダークフォトンを探索してきました [S. Kotaka, S. Adachi et al. (DOSUE-RR Collaboration), PRL 130 (2023) (Link)] [S. Adachi, R. Fujinaka, et al. (DOSUE-RR Collaboration), PRD 109 (2024) (Link)]。これらの実験では、極低温(-270℃)まで冷却した受信機も用いることで、徹底的にノイズを除去して、より高感度に微弱な信号を捉えようと工夫しています。

ダークフォトンに対する探索してきたパラメータ領域。ダークフォトンは、その質量(横軸, \(\mu eV = 10^{-6} eV \))と光との反応のしやすさ(縦軸、結合定数\(\chi \))の2つのパラメータで特徴づけられる。どのパラメータ領域にいるかを探していく必要があり、この図は探してきた領域を色塗りで示しており、まさに「宝の地図」である。縦軸は下に行くほど反応しにくく、転換によって生じるミリはの強度が弱くなるため、探すのがより困難になる。

開発中の受信機

2025年現在では、今まで探索してきた質量領域をさらに広げようと、さらに高い周波数(=より重いダークマターの質量)の領域での探索を行うための受信機の開発を行っています。

特に、100 GHz を超える高い周波数では、それを受信するために特殊な素子が必要になります。その要となるのが、超伝導検出器である「SIS ミクサ」です。この素子は、SIS 接合と呼ばれる超伝導物質の間を絶縁体ではさんだ接合を持ち、その接合において電流が絶縁体を飛び越えて流れる量子トンネル効果を利用して、高感度に周波数を変換する機能を持ちます。

(1) 超伝導検出器 SIS ミクサと(2)(3)(4)その中身。φ1.7 μm の非常に小さい接合が量子効果(量子トンネル効果)が生じる重要な部分となる。

SIS ミクサを搭載した初号機の受信機開発を終え、2025年現在はより複雑でパワーアップした2号機を開発しています。

SISミクサの搭載された初号機
2号機設計図
2号機のクライオスタット
2号機に搭載する放物面ミラー