強相関電子系の高エネルギー分光理論


私の現在の専門はタイトルの通り、「強相関電子系の高エネルギー分光理 論」です。キーワードは強相関電子 系高エネルギー分 光の二つです。

一般に電子間クーロン相互作用の効果(電子相関効果)が顕著 な電子系のことを強相関電 子系と呼びます。高温超伝導体に代表される遷移金属化合物や「重い電子系」と呼ばれる希土類金属化合物がその例ですが、最近ではいわゆ る金属元素をまった く含まない電子系が数多く開発・発見されています。これらの物質では、温度、圧力、磁場、電場などの外的要因を変化させるとその性質が変化したりします。例えば、ある物質では、温度を下げていくとある温度を境にして金属状態から絶縁状態へ転移します。このような物性を利用してセンサーの開発することが考えられます。すなわち、これらの物質群 は、機能性材料としての応用を期待できます。

このように材料開発の観点から強相関電子系は重要な素材であるということができますが、一方で、物理学の基本原理を探るという観点からもこれらの強相関電子系は重要な素材であるということができます。水素原子のエネルギー準位の問題に代表される2体問題でしたら、ご存知のように、厳密にシュレーディンガー方程式を解くことができるのですが、3体問題以上になると一般には解けません。固体中には1023個もの電子が存在しており、互いにクーロン相互作用を及ぼしあっています。現実的にはこんな多体問題はとても解析的には解けません。この量子多体問題の結果として上記のような金属・絶縁体転移が現れたりしているはずなのですが、果たして、それを私たちはどのように理解したら良いのでしょうか?

このような強相関電子系を調べる有力な手段が高エネルギー分光法です。高エネルギー分光とは、高エネルギーの、あるいは電子線を物質 に照射し、物質から発せられる光、あるいは電子線を調べるという実験手法です。たとえば、光電効果を利用したX線光電子分光(XPS)という実験手法では、物質にX線を照射 し、物質から放出される電子線を分析します。それにより、物質の電子状態を探ることが出来ます。

このXPSという実験手法自体は1970年頃から存在しているのです が,当時のX線源(光源)は金属の特性X線を利用したX線管だけであったため,X線強度を強くしたり,あるいはX線のエネルギーを変化させたりするという こともできませんでした。しかし,近年、SPring8に 代表される大型放射光実験施設が世界各地 に建設されるようになり、X線管の弱点が克服され急速に実験技術が発展しています。
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(注)X線管による実験手法でも,近年は,検出器の改良が非常に進み,昔とは比べ物にならない実験精度を達成しています。

高エネルギー分光という名からも分かるように、比較的高いエネルギーに まで物質を励起することから、そのデータ解析には、電気伝導や熱伝導に代表される低エネルギー領域を主な対象とする理論とは別の理論が必要になります。本研究では,発展し続ける新しい高エネルギー分光実験を支える解析理論を開発することを一つの目的とします。それにより,物質の基底状態に 関する情報を得ることが出来,また,励起状態や励起状態からの緩和過程について の知見を得ることもできます。

結局、私の専門は、強相関電子系の電子状態の解明と、高エネルギー分光 理論の構築という二つの事柄を目指しています。

XPS2内 殻XPSでは原子内多重項結合効果と原子間電荷移動 効果が重要な役割をしています。赤線はこれらの効果を効果を取り入れて計算したNi dihalideNi2pXPSです。実験結果(青線)に見られるスペクトル形状の特徴を定量的に再現できていることが分かります。このようなスペクト ル形状の解析を通して,これらの物質の電子構造の特徴を調べます。
(左図をクリックすると大きな絵を見ることが出来ます。)