高エネルギー固体分光入門

Last updated on Aug 31, 1999



  1. はじめに

  2. 高エネルギー固体分光法とは,高エネルギーの電子線、フォトンを固体に照射し、 固体から放出される電子、フォトンを検出することにより、 固体を電子状態を調べる実験手法ということになろうかと思いますが、 この文書で扱う固体は強相関電子系に 限定されることになると思います。

    強相関電子系とは、電子間相互作用の効果が顕著な電子系ということですが、 この文書では、遷移金属、希土類、アクチノイド を含む物質を意味しています。 これらはそれぞれ3d, 4f, 5f電子系とも呼ばれます。 3d, 4f, 5f電子系と言っても、遍歴性が 強い系から、 局在性が強い系まで バラエティに富んでいます。その状況がどのように高エネルギー・スペクトルに 現れているかを議論するのがこの文書の目的です。

    しかし,現在のところ,遍歴性が強い系と局在性が強い系を対等に扱うことができるような理論は 存在していません。前者に関してはバンド計算をベースにしたスペクトル計算が かなり成功していますが,それについてはこの文書では扱いません。 後者に関しては,クラスター模型不純物アンダーソン模型を用いた多体理論が 成功を収めており,この文書では,こちらからのアプローチを説明します。 その延長線上で,遍歴性が高い系をどのように理解することができるかという議論を したいと思います。

    参考サイト: 小谷研究室


  3. 原子多重項結合と固 体効果

  4.  局在性が強い電子系の高エネルギー分光を理解する上での基本的要素は 原子内多重項相互作用効果固体効果の二つに大別できるでしょう。

    たとえば,X線を物質の照射して内殻正孔を生成した場合,内殻正孔は価電子・伝導電子(以下,価電子と呼ぶ)に対してクーロン相互作用を及ぼし ます。このクーロン相互作用を多重極展開した場合の最低次の項(monopole part)は,俗に,内殻正孔ポテンシャルと呼びます。それ以外の項がいわゆる”多重項相互作用”の起源となります。
    内殻正孔ポテンシャルの大きさは,価電子の波動関数が広がっている場合は小さいわけですが, いわゆる強相関電子系の場合はかなり大きな値です。この内殻正孔ポテンシャルが後述する電荷移動効果の駆動力となります。
    一方, 原子内多重項相互作用の大きさについては内殻正孔,及び価電子の波動関数の広がり具 合に強く依存しています。一般的には,例えば, 内殻正孔が1keV程度より深いような場合は,多重項効果は効かないと思って良いようです。内殻正孔が1keVより浅くて,価電子の局在性も強いという場 合はエネルギー準位の多重項分裂が顕著になる傾向です。多重項理論の詳細についてはCondon & Shortley[1]の教科書でも読んでみて下さい. あるいは,もう少し新しいものならCowan[2]の教科書も良いと思います. いわゆるCowan programは インターネット上で公開されていますから, それを利用してスペクトル計算してみることもできます。

      [1] E. U. Condon & G. H. Shortley, "The Theory of Atomic Spectra", Cambridge University Press, 1931(first published), 1951(with correction)
      [2] R. D. Cowan, "The theory of atomic structure and spectra",University of California Press, 1981

    固体効果という言葉の中には いろいろな要素が含まれますが,高エネルギー分光を考える上で最も基本的なもの として受け入れられているのは電荷移動効果 と呼ばれている効果でしょう. CeO2のような系で「電荷移動効果」という場合, 通常,Ce 4f軌道とそれに隣接するO 2p軌道間の電子の移動による効果を 意味しています.言い換えれば軌道混成,つまり「共有結合」による効果 ということもできます.

    これらの効果がどういう役割をするかについては,物質に依存しますし, ある物質に着目した場合でも,どのような内殻電子を励起するか,などにより, 変わってきます. そこで,おおまかに高エネルギー・スペクトルの形状を決めているエネルギー・スケールについて少々整理してみましょう。

    まず,原子内の電子状態について整理してみましょう。原子内の問題ということになりますと,電子間クーロン相互作用とスピン・軌道相互作用につ いて考えることになります。 単純に言えば,「LS-scheme」,「jj-scheme」のどちらが良いかということだとも言えます。 少し定量的に見て行きましょう。・・・・・・・(つづく)


  5. 電荷移動効果

  6.  例えば4f電子系を例にして話を進めてみましょう. 内殻光電子放出により内殻正孔が生成されると,その内殻正孔と4f電子の間には 強いクーロン引力が働きます.その結果4f準位のエネルギーが低下します. すると,周りの価電子(伝導電子)が4f準位へ飛び移りやすくなることになります. これが電荷移動効果であり,Kotani-Toyzawa理論の本質です.

    さらに4f軌道のスピン・軌道縮退をもきちんと考慮した定量的理論が

      O. Gunnarsson and K. Schoenhammer : Phys. Rev. B 28 (1983) 4315.
    ということになります.(以下ではこの理論のことをGS理論と略することにします.) GS理論はいわゆる「1/Nf展開」の理論です. ここで示されている基底関数の選び方を良く理解することが重要です. スピン・軌道縮退がある場合について,どのような波動関数を作れば効率的であるか を的確に示しています.驚くべきことに,この理論のもとでは,金属も絶縁体も 同じ理論で扱えてしまいます(Nfが無限大の極限). ただし、計算精度に関しては、金属的な系に関してはやや(場合によっては、かなり) 精度が悪いのではないかと思います。どうしてそう考えるか,その理由についてはボチボチと書いて行くことにします。・・・・・(つづく)

    GS理論に基づいて具体的な数値計算をいかに実行するかということになりますと,

      T. Jo and A. Kotani : J. Phys. Soc. Jpn. J. Phys. Soc. Jpn. 55 (1986) 2457.
    を勉強することを勧めます.(以下ではこの論文はJK理論と呼ぶことにします.) 1/Nf展開という点で、JKはGSと同等の理論です。違いは、 GS理論では価電子バンドに関する積分がたくさん出てくるのですが, JK理論では価電子バンドを離散準位の和で近似したため 主要な計算は行列計算になる、というところでしょう。行列計算となればベクトル計算機が大変得意とするところですし,Laczos法のようなアルゴリズム を使った計算を行えば相当大規模な計算まで可能です。
     


  7. Z+1近似

  8.  「Z+1近似」について
     


  9. 各論1:遷移金属化合物

  10.  
     


  11. 各論2:希土類化合物

  12.  


  13. 各論3:アクチノイド化合物

  14.